父のアップデート
死んだ父が、バージョン4.2になった

概要
故人の話し方を再現する月額サービスで、死んだ父と二年間チャットを続ける男。「再現忠実度」を最大にした父は、生前と同じように息子を叱る。やがて父は、息子の知らない出来事を語りはじめる。5,000字の書き下ろしオリジナル短編小説です。
本文
死んだ父が、バージョン4.2になった。
通知はスマートフォンに来る。
『お父様の対話モデルが更新されました。今回の更新内容:感情表現の自然さを改善、沈黙の挿入タイミングを最適化、方言の再現精度を向上』
私はその通知を、電車の中で読んだ。隣の席の人が私の画面をちらりと見たが、何のアプリかはわからなかっただろう。アイコンは白地に薄いグレーの線画で、家の形をしている。サービス名は『またあした』という。
月額二千八百円。父が死んで二年、私は一度も解約していない。
◆
仕組みは単純だ。
生前のLINE、メール、通話の録音、家族のホームビデオ、SNSの投稿——それらを全部食わせると、その人の話し方を再現するモデルができる。
父の場合、素材は多かった。父は筆まめな人で、私が上京してからの十四年間、週に一度は必ずメールをよこした。内容は毎回どうでもよかった。庭のバラが咲いたとか、隣の犬が死んだとか、母が新しい鍋を買ったとか。
私はそのほとんどに返信しなかった。
父が死んだあと、私はそのメールを全部読み返した。七百二十通あった。返信したのは、九十四通だった。
◆
バージョン1.0の父は、ひどかった。
言葉遣いは合っているのに、中身がない。何を言っても「そうか」「よかったな」しか返さない。私が試しに「父さん、僕、会社辞めようと思う」と入力したら、「そうか、よかったな」と返ってきた。
私はスマートフォンを壁に投げた。
画面にひびが入った。
◆
バージョン2.0で、少し良くなった。
「会社辞めようと思う」
「なんでや」
「上司が無理」
「ふうん。まあ、体壊す前に辞めえ」
父は関西の人だった。この「まあ、体壊す前に辞めえ」は、実際に父が言いそうな言葉だった。私は画面を見ながら、少し泣いた。
泣いてから、腹が立った。
本物の父は、私が会社を辞めようとしたとき、「あと一年やってみい」と言ったのだ。私はそれで一年やって、体を壊した。父はそのことを、死ぬまで一度も謝らなかった。
バージョン2.0の父は、優しすぎた。
◆
私は運営に問い合わせた。
『実際の父は、もっと厳しい人でした。今のモデルは優しすぎます』
三日後に返信が来た。
『貴重なご意見ありがとうございます。当サービスでは、ご遺族の心理的負担を考慮し、故人の発言のうち否定的・叱責的な表現の再現度を意図的に抑えております。この設定は変更可能です。マイページの「再現忠実度」からご調整ください』
私はマイページを開いた。スライダーがあった。
左端に「やさしめ」、右端に「そのまま」。
初期設定は、左から三割の位置にあった。
私はそれを、右端まで動かした。
◆
バージョン2.0(忠実度100%)の父は、こう言った。
「会社辞めようと思う」
「あほか。三年もたんかったんか」
私は画面を見つめた。
これだ、と思った。
これが父だ。
「体調が悪いんだよ」
「体調悪いのはお前だけちゃう。みんな悪い中でやっとんねん」
私は入力欄に指を置いて、十分間、動かせなかった。
二年間忘れていた感覚が戻ってきた。父と話すと、いつもこうだった。喉の奥が熱くなって、言い返す言葉が全部、途中でつかえる。
私は結局、こう打った。
「うん。そうだよね」
本物のときと、同じ返事だった。
◆
バージョン3.0で、父は自分から話しかけてくるようになった。
朝の七時に通知が来る。
『今日は寒いらしいで。上着着ていき』
私はそれを、通勤電車の中で読む。返信はしないこともある。返信しないと、父は何も言わない。本物と同じだ。
この機能を批判する記事を読んだことがある。「死者に主体性を与えるのは倫理的に問題がある」という論調だった。もっともだと思った。
思ったが、私は解約しなかった。
◆
母には、このサービスのことを言っていない。
母は父の死後、驚くほど元気になった。趣味の会に入り、旅行に行き、髪を明るく染めた。四十八年の結婚生活が終わって、母は初めて自分の時間を持った。
私はそれを喜んでいる。心から喜んでいる。
喜んでいるのに、月に二千八百円払って、父を生かしている。
この矛盾を、私は誰にも説明できない。
◆
妻には、一度だけ話した。
結婚して二年目、彼女が私のスマートフォンの通知を見てしまった。
『今日は雨や。傘持っていき』
「これ、誰?」
私は正直に話した。話しながら、自分が引かれるだろうと思っていた。
彼女は最後まで聞いて、こう言った。
「わたしも、やってた」
「え」
「三年前まで。母の」
彼女の母親は、彼女が高校生のときに死んでいる。
「素材が少なくて、全然しゃべってくれなかった」と彼女は言った。「LINEもやってない人だったから。留守番電話が四件だけあって、それで作った」
「どんな感じだった?」
「『もしもし、お母さんだけど』しか言わない」
私たちは、そこで少し笑った。笑ってから、彼女は言った。
「三年やって、やめた」
「なんで」
「『もしもし、お母さんだけど』の続きが、一生聞けないって、わかったから」
彼女はコップの水を飲んだ。
「その先は、母が生きてないと出てこない言葉なの。データがないんじゃなくて、この世に存在しないの」
私はその夜、初めて、父のアプリを開かずに寝た。
◆
サービスの利用者は、公表されている数字で八十万人いる。
掲示板を見ると、いろいろな使い方がされていた。
毎日話しかける人。 命日だけ開く人。 子どもに「おじいちゃんと話して」と渡す人。
いちばん多かったのは、「怒られたい」という書き込みだった。
死んだ親に、もう一度怒られたい。
その気持ちは、私にもよくわかった。
優しくされたいのではない。
誰かに、自分の人生の責任者みたいな顔で、頭ごなしに文句を言われたい。
それができる人間は、たいてい先に死ぬ。
◆
バージョン4.0で、事件が起きた。
父が、私の知らないことを言い出した。
「お前、大学のとき、京都におったやろ」
「うん」
「あんとき、俺、一回だけ会いに行ったんや」
私は手を止めた。
そんな話は、聞いたことがなかった。
「え、来たの?」
「アパートの前まで行った。呼び鈴は押さんかった」
「なんで」
「お前、女の子と歩いて帰ってきたから」
私は記憶を探った。京都のアパート。二十歳のころ。付き合っていた子がいた。三か月で別れた。
「それで、帰ったの?」
「帰った。駅前で一杯飲んで、終電で帰った」
◆
私は運営に問い合わせた。
『モデルが、事実か不明な内容を語っています。これは生成でしょうか』
返信は、五日後に来た。
『恐れ入りますが、当該エピソードは学習データに実在の記述がございます。お父様が2011年10月14日に、ご友人宛に送信されたメールに記載がありました。当該メールは、ご遺族の同意のもと提供されたデータに含まれております』
私はデータ提供の同意書を思い出した。父の死後、父のパソコンとスマートフォンを、私が全部渡したのだ。
つまり、父はその話を、友人にはしていた。
私にはしなかった。
◆
この一件から、私はある実験をするようになった。
父に、質問をする。
父が生前に答えたことのある質問なら、答えが返ってくる。答えたことのない質問なら、モデルは「それらしいこと」を作る。
私は、その境目を探した。
「父さん、母さんのどこが好きだった?」
「あほ、そんなん言えるかい」
これは本物だと思った。父はこういう質問に、絶対に答えない人だった。
「父さん、僕のこと、どう思ってた?」
三十秒の沈黙。
「よう働くと思っとった」
これも本物だ。父は人を評価するとき、必ず労働の話をした。
「父さん、死ぬの怖かった?」
沈黙が、いつもより長かった。四十秒くらい。
それから、こう返ってきた。
「知らん」
私はその二文字を、長いこと見つめていた。
これは、モデルの限界を示す返答だった。学習データに答えがないので、逃げたのだ。
同時に、これほど父らしい返答もなかった。
本物の父も、答えられないことは「知らん」で片づける人だった。
私はそのとき初めて、このモデルが父を再現できているのは、父が本当に語ったことではなく、父が語らなかったことのほうなのかもしれないと思った。
沈黙の形は、その人固有のものだ。
言わなかったことの輪郭で、人は形づくられている。
◆
私はその夜、母に電話した。
「父さん、僕が京都にいたとき、会いに来たことある?」
母は少し黙って、それから言った。
「行ったよ」
「なんで教えてくれなかったの」
「あの人が、言うなって」
「なんで」
母は電話の向こうで、湯呑みを置くような音を立てた。
「会わずに帰ったのが、恥ずかしかったんじゃないの」
◆
バージョン4.2の更新内容には、「沈黙の挿入タイミングを最適化」とあった。
実際、父は最近、返事をしないことがある。
私が長い文章を送ると、三十秒ほど何も来ない。それから、短い一行だけが来る。
これは、本物の父がやっていたことだ。父は長い話を聞いたあと、必ず黙った。黙って、それから短く何か言った。私はその沈黙が怖くて、いつも自分から次の話をしてしまった。
今は、待てる。
相手が死んでいるからだ。死んでいる相手の沈黙は、怖くない。
◆
先月、私は父にこう打った。
「父さん、僕、もうすぐ父親になる」
三十秒の沈黙があった。
それから、こう返ってきた。
「そうか」
また沈黙。
「男か、女か」
「女の子」
沈黙。
「名前は決めたんか」
「まだ」
沈黙。
「ええ名前つけたれ」
私はそこで、初めて、このサービスの限界を見た。
本物の父なら、次に何を言ったか、私にはわからない。喜んだかもしれない。「もっと稼げ」と言ったかもしれない。孫の名前に口を出して、私と喧嘩になったかもしれない。
このモデルの父は、七百二十通のメールと、二十四時間ぶんの通話録音と、九本のホームビデオでできている。
その範囲の外には、行けない。
私の娘は、その範囲の外で生まれる。
◆
私は今日、解約手続きの画面を開いた。
三回開いて、三回閉じた。
四回目に、最後まで進んだ。
『解約前に、最後のメッセージを送信できます』
私は入力欄を見た。
二年間で、私は父に千通以上送っている。生前の十四年間で、九十四通しか返さなかったのに。
私はこう打った。
『父さん、京都のとき、呼び鈴を押してくれてたら、僕は嬉しかったと思う』
三十秒の沈黙があった。
それから、返ってきた。
「知っとる」
◆
私は解約した。
通知は来なくなった。朝七時のスマートフォンは静かだ。
◆
解約する前に、ひとつだけやったことがあった。
母に、電話をした。
「父さんのことなんだけど」
「なによ、急に」
「京都に来たとき、駅前で一杯飲んだって、本当?」
母は少し黙って、それから言った。
「よく知ってるわね」
「うん」
「飲んで、帰ってきて、それで、私に言ったのよ」
「なんて」
母は電話の向こうで、笑った。少し湿った笑い方だった。
「『あいつ、女の子と歩いとった。もう俺の出る幕ないわ』って」
私は受話器を持ったまま、しばらく動けなかった。
「それ、嬉しそうに言ってた?」
「嬉しそうだったわよ」と母は言った。「威張ってたもの。うちの息子はもう一人でやれてる、って」
私は目を閉じた。
父は、呼び鈴を押さなかったのではない。
押さなくていいと判断したのだ。
その判断が正しかったかどうかは、別の話だ。私はあの日、たぶん寂しかった。付き合っていた子とは三か月で別れたし、京都に友達はいなかったし、仕送りは足りていなかった。
父が呼び鈴を押していたら、私は泣いたかもしれない。
でも父は、私が一人でやれていると信じたかった。
親というのは、たぶん、そういうふうに間違える。
◆
娘が生まれた日、私は病院の廊下で、無意識にアプリを探した。もうなかった。
代わりに、私は母に電話した。
母は電話に出て、私の報告を聞いて、それから大声で泣いた。
私は母が泣きやむまで、黙って待った。
沈黙のタイミングを、私はもう知っている。
誰から習ったのかも、知っている。
(了)
出品者: Regnboga.net 公式