スクロールに戻る
小説その他

校閲者の墓

現実には誤植がある。それを直す仕事を、十六年やってきた

校閲者の墓
#小説#短編小説#書き下ろし#幻想#仕事

概要

郵便受けに届く赤い封筒には、世界を訂正する赤字が書かれている。桜の色、信号のタイミング、網戸の破れ。誰にも気づかれない訂正を十六年続けた男に、ある日「削除」という初めての指示が届く。5,000字の書き下ろしオリジナル短編小説です。

本文

現実には誤植がある。

私の仕事は、それを直すことだ。出版社の校閲部ではない。世界そのものの校閲部だ。

最初の仕事は、二十三歳の春に来た。郵便受けに、赤い封筒が入っていた。中には紙が一枚。

『市立第三中学校 正門横 桜 → 桜(白)』

意味がわからないまま、私はその中学校に行った。正門の横に桜があった。ピンクだった。私は紙を見て、それから桜を見た。

見ているうちに、花が白くなった。

枝の先から順番に、色が抜けていった。三分ほどかかった。終わったとき、私の手の中の紙は消えていた。

周りには生徒が何人もいたが、誰も気づかなかった。誰も、桜がさっきまでピンクだったことを覚えていなかった。

仕事は月に二、三度来る。

内容はどれも些細だ。

『駅前ロータリー ベンチ 三脚 → 四脚』  『七月十四日 午後の雲 → 雲量やや増』  『佐々木書店 二階 階段の軋み → 消す』

私が行って、赤字を読むと、世界が直る。誰も気づかない。私だけが、直る前と直った後を両方覚えている。

最初の数年、私はこの仕事に意味があるのか疑っていた。ベンチが三脚だろうが四脚だろうが、誰が困るというのか。

十年目に、私は理由を知った。

その年の秋、封筒の中身がいつもより長かった。

『十月八日 二十時四十分 国道沿い交差点 信号 青→赤(一・五秒早める)』

私は現場に行った。二十時三十分だった。何もない交差点だ。車がまばらに通る。

二十時四十分。

私は赤字を読んだ。信号が、いつもより一・五秒早く赤になった。

その一・五秒後、一台の軽トラックが交差点に入ってきた。信号が青のままだったら、そのまま通過していた速度だった。ドライバーはブレーキを踏んだ。

同じ瞬間、右手の歩道から、自転車の高校生が飛び出してきた。

トラックは停まっていた。高校生は、停まっているトラックの前を横切って、何も気づかずに走り去った。

私はガードレールにもたれて、しばらく動けなかった。

それ以来、私は赤字の意味を考えるのをやめた。

ベンチの脚が四本になったから、誰かがそこに座って、誰かに出会ったのかもしれない。  雲が増えたから、誰かが日射病にならなかったのかもしれない。  階段が軋まなくなったから、誰かが盗み聞きされずに済んだのかもしれない。

全部、私には見えない。見えないところで、世界が少しだけ直っている。

私はただの校閲者だ。書き手ではない。物語を作る権限はない。誤字を直す権限しかない。

一度だけ、自分から直そうとしたことがある。

二十八歳のとき、私は人を好きになった。

同じアパートの二階に住んでいた女性で、名前を岡本といった。会うのは階段ですれ違うときだけだった。私は挨拶をし、彼女も挨拶を返した。それを二年続けた。

二年目の冬、彼女が引っ越すことになった。結婚するのだと、大家から聞いた。

私は封筒を待った。

『アパート二〇三号室 岡本 転居 → 取消』

そういう赤字が来ることを、私は本気で期待していた。

来なかった。

当たり前だ。私は誤植を直す係であって、誤植を決める係ではない。

引っ越しの日、私は階段で彼女とすれ違った。彼女は段ボールを抱えていた。

「お世話になりました」

「いえ」

それだけだった。それが最後だった。

その夜、私は白い紙に、自分で赤字を書いてみた。

『岡本 転居 → 取消』

読んだ。

何も起きなかった。

当然だ。私が書いたものは、赤字ではない。ただの落書きだ。

私はそのとき、この仕事の本当の性質を理解した。

私には力があるが、意思はない。

誰かの決めた訂正を、実行するだけの手だ。

それがつらいと思ったことは、一度もない——と書けば嘘になる。

あの夜だけは、つらかった。

三十九歳の冬、封筒が来た。

中の紙には、こう書かれていた。

『三月二日 十四時十分 桜見町四丁目 家屋火災 → 削除』

削除。

これまでで初めての指示だった。差し替えではない。まるごと消す。

私は住所を調べた。木造の古い平屋だった。表札は「奥村」。

三月二日まで、まだ二か月ある。

私は、その二か月のあいだに、二度その家の前を通った。

一度目は昼で、庭に洗濯物が干してあった。子ども用のシャツが二枚。

二度目は夕方で、玄関から母親が出てきて、道の向こうの子どもに手を振っていた。

私は近づかなかった。校閲者は文章の中に入ってはいけない。それだけは、誰にも教わっていないのに、確信があった。

二か月のあいだ、私は毎晩考えた。

なぜ「削除」なのか。

これまでの赤字は、全部「差し替え」だった。桜の色を変える。信号のタイミングをずらす。網戸を直す。世界の一部を、別の形に置き換える。

削除は違う。起きるはずの出来事を、まるごと消す。

これは訂正ではない。改稿だ。

私は自分に問うた。誰かが、この世界を書き直しはじめているのではないか。

だとすれば、その誰かは、どういう基準で書き直しているのか。

私は十六年ぶんの赤字を、思い出せる限り紙に書き出した。

三百七十二件あった。

並べてみて、気づいたことがある。

全部、誰かが死ぬはずだった場面の周辺だった。

ベンチの脚。あの日、そこに座った誰かがいたはずだ。三脚のベンチは、体重の掛け方によっては倒れる。

雲量。真夏の午後、日陰が一つ増えるかどうかで、老人は倒れるか倒れないかが変わる。

階段の軋み。軋まない階段を降りた誰かが、誰にも気づかれずに家を出た。出たあと、その人は死ななかった。

私は十六年、人が死なない世界を作る作業をしていた。

誰に頼まれたのかは、最後までわからなかった。

わからないまま、私はそれを三百七十二回やった。

三月二日、私は十四時に現場に立った。

十四時十分。

紙を開いた。赤字を読んだ。

何も起きなかった。

いや、正確に言えば、何も起きなかったことが起きた。火事は起きなかった。奥村家は、平屋のまま、昼下がりの日を浴びていた。台所の窓が開いていて、ラジオの音が漏れていた。

紙は消えた。

私は道に立ったまま、自分の手を見た。震えていた。

その夜、初めて、私は次の封筒を待たずに動いた。

私はこの十六年間、一度も差出人を探したことがなかった。探してはいけない気がしていた。

でも、その日は探した。

封筒には消印がない。切手もない。ただ郵便受けに入っている。私は郵便受けの前で、朝まで待った。

誰も来なかった。

朝になって、郵便受けを開けると、封筒が入っていた。私は一晩中そこにいた。

中の紙には、こう書かれていた。

『校閲者 → 交代』

私は自分の名前が書かれていないことに、一瞬安堵した。

安堵してから、意味に気づいた。

交代。

私は紙を持ったまま、一日中動かなかった。読めば実行される。読まなければ実行されない。私はまだ読んでいない——いや、もう読んでいる。読んだ。

でも、何も起きなかった。

なぜだろう、と考えて、わかった。

交代先が、まだ決まっていないからだ。

私は次の校閲者を探すことにした。

どうやって探すのかは、誰も教えてくれなかった。私は自分が選ばれたときのことを思い出した。二十三歳の春、私は無職で、部屋にひきこもって、三か月誰とも話していなかった。

あの春、私は死ぬつもりでいた。

これは、この十六年で誰にも言っていないことだ。言う相手がいなかったので、言う機会もなかった。

方法まで決めていた。日にちも決めていた。四月の第二週の水曜日だった。

その週の月曜に、赤い封筒が来た。

私は桜を白くしに行った。三分かかった。終わったとき、私は自分が三分間、死ぬことを考えていなかったことに気づいた。

水曜日は、来た。私は何もしなかった。

次の封筒が来るかもしれない、と思ったからだ。

それだけの理由で、私は十六年生きた。

今になって思う。あの最初の赤字は、桜の色を直すためのものではなかったのではないか。

私を直すためのものだったのではないか。

だとしたら、私も誰かにとっての誤植だったということになる。

悪い気はしない。

つまり、誰にも気づかれない人間が選ばれるのだ。

直したことを誰にも言えない仕事だから、言う相手のいない人間が選ばれる。

私はその条件を思い出して、少し笑った。ひどい人事だ。

三か月かけて、私は一人の少女を見つけた。

十六歳。図書館に毎日いる。誰とも喋らない。本を読むのではなく、ただ棚の前に立っている。制服は着ているが、学校には行っていないらしい。

私は彼女の隣に立って、しばらく同じ棚を見た。

それから言った。

「その本、三ページ目に誤植がある」

彼女は私を見た。警戒した目だった。

「なんで知ってるんですか」

「僕が直しそこねたから」

彼女は本を取って、三ページ目を開いた。しばらく読んで、それから顔を上げた。

「『きのう』が『きのお』になってる」

「そう」

「これ、直せるんですか」

私は彼女の目を見た。

この質問をする人間は、めったにいない。ほとんどの人は「誤植がありますね」で終わる。直せるかどうかを聞く人間は、世界が直せるものだと思っている人間だ。

「直せる」と私は言った。「僕は十六年、それをやってきた」

全部を話すのに、三日かかった。

彼女は信じなかった。当然だ。四日目に、私は最後に届いた封筒を見せた。

『図書館 三階 西側の窓 網戸の破れ → 修復』

私たちは三階に上がった。窓の網戸が、五センチほど裂けていた。

私は赤字を読んだ。

裂け目が、繊維の一本ずつ、閉じていった。

彼女は口を押さえた。

「なんで、こんな、どうでもいいことを」

「どうでもよくない」と私は言った。「たぶん、この網戸から入るはずだった蜂が、入らなくなった。それだけの話だ。誰も知らない。それでいい」

彼女は網戸に触った。

「誰も知らないなら、やる意味あるんですか」

私は十六年ぶんの答えを、そこで初めて言葉にした。

「意味は、僕らが知ってることだ」と私は言った。「世界には誤植がある。直せる人間がいる。直しても誰も気づかない。気づかれないことが、直った証拠だ。褒められる仕事じゃない。墓も建たない。ただ、直った世界のほうが、少しだけ人が死なない」

彼女は長いこと網戸を見ていた。

それから言った。

「わたし、やります」

交代は、その夜に完了した。

最後の封筒が、私の郵便受けに届いた。

『校閲者 → 交代済』

読んだ瞬間、私の中から何かが抜けた。抜けたものの形はわからなかった。ただ、翌朝、駅前のベンチを見て、それが三脚だったか四脚だったか、思い出せなかった。

覚えていた分の記憶が、全部消えていた。

私は今、普通に働いている。普通に人と話し、普通に週末を過ごす。あの十六年のことは、断片しか覚えていない。

ただ、年に一度だけ、三月二日に、桜見町四丁目を通る。

平屋がある。表札は「奥村」。庭に洗濯物が干してある。子ども用のシャツは、もう干されていない。二人とも大きくなったのだろう。

なぜ自分がその家を見に来るのか、私にはもうわからない。

わからないまま、毎年、少しだけ立ち止まる。

去年、桜見町を歩いていて、若い女性とすれ違った。

二十代半ばくらいだった。彼女は私を見て、少し驚いた顔をした。それから、会釈をした。

私は会釈を返して、通り過ぎた。

十歩ほど歩いてから、振り返った。彼女も振り返っていた。

「あの」と彼女が言った。「わたし、あなたを知っている気がします」

「そうですか」

「でも、どこで会ったか、思い出せません」

私も同じだった。彼女の顔に見覚えがある気がした。ないのかもしれなかった。私の記憶は十六年ぶん抜けている。抜けた部分に、この人がいたのかどうか、確かめる方法はない。

彼女は少し笑って、言った。

「変ですね」

「変ですね」

それだけで別れた。

家に帰って、私は郵便受けを見た。

空だった。十年以上、ずっと空だ。

それでも私は、毎日見る。

見るという習慣だけが、私の中に残った。習慣は記憶ではないので、消せなかったのだと思う。

もし、あの少女が今も続けているなら、彼女はもう三十を過ぎているはずだ。

どこかで、誰にも知られずに、世界の誤植を直しているはずだ。

直された世界の中で、私は普通に暮らしている。

私が今日、事故に遭わなかったのは、彼女のおかげかもしれない。

礼を言う方法はない。

言う相手を、私はもう覚えていない。

それでいい、と思う。

校閲者の仕事は、そういうふうにできている。

(了)

フィードで読む

出品者: Regnboga.net 公式